第五話 楷書体
楷書体とは手書きの筆文字風の書体で、挨拶状や名刺などでよく見かける書体です。役所の申請書類には必ず「楷書体で丁寧に書いてください」などと注意書きがあるように、楷書はすべての書体の基本のように扱われていますが、これには興味深い歴史があります。行書や草書という崩し字をご存知と思いますが、皆さんはあれは楷書を速く書くためにだんだん崩れていったものと考えているのではないでしょうか。でも実は楷書が誕生したのは行書や草書よりも後のことなのです。歴史をたどると、甲骨文から金文が、金文から篆書体が、篆書体の省略体として隷書と草書が、そして草書から行書が生まれ、最後に楷書が生まれたのです。崩れたものの方が先というのはなんだか不思議な感じがしますが、それまでの書体のエッセンスがすべて注ぎ込まれた最後の書体である楷書体が基本書体といわれる所以です。
現在では各メーカーからさまざまな楷書体が販売されていますが、基本のデザインは日本の活字の源流といわれる築地活字の正楷書体を元にしているように思われます。草かんむりの真ん中が離れているデザインは築地活字のもので、現在でもいくつかの楷書体でこのデザインが踏襲されています。この、くっついているか離れているかというのは、第二話でお話しした「字形」の違いで、どちらも間違いではありません。印刷会社としてはいちいち作字をしなければならなくなるので困った問題のひとつです。
楷書体の派生書体もたくさんありますが、代表的なものが「教科書体」です。文字通り教科書に使われる書体で、止め、はね、はらいといった書き方が、通常の楷書体よりも学習指導要領に忠実に再現されています。書き順ごとに文字を分解した「筆順フォント」というものも存在します。モリサワの「UDデジタル教科書体」は、発達障害の子どもに対しても可読性が向上することが学術的にも証明されており、Windows10の無償アップデートで利用できます。