歴史に学ぶSDGs /『沈黙の春』

SDGsというと最近のものですから、歴史というのは関連がないように思われるでしょう。しかしとりわけ企業は取り組みを進める前に歴史的な出来事に目を向けておく必要があるでしょう。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』という著作をご存知ですか?

カーソンは1907年アメリカのペンシルベニア州に生まれ、当時では極めて珍しい女性の生物学者でした。
カーソンの功績として最もよく知られているのが、農薬などにおける合成化学物質の散布による、残留や蓄積などの環境への悪影響を指摘し、環境問題を「問題」として人類に初めて自覚させたという点です。

そのきっかけとなった著書が、『沈黙の春』なのです。

『沈黙の春』においてカーソンは、農薬などの合成科学物質の散布は、薬物の残留や生物濃縮によって多くの野生生物に対して悪影響を及ぼす可能性があることを指摘しました。その結果として春になっても鳥たちが鳴くこともない、「沈黙の春」が訪れることになるというのが、この著書のタイトルの由来です。
また言うまでもなく、野生生物への影響というのはそれを口にする可能性がある人間への悪影響にもつながる恐れがあり、このことで薬物の使用量規制への動きが世界中で広まっていくことになります。

環境への悪影響を多くの人が自覚し、薬物防除による悪影響を減らすことにつながった点では非常に大きな功績と言えるでしょう。
しかし、この薬物規制の動きは違った側面において、別の問題を引き起こすこととなります。

それが、DDTという殺虫剤の使用規制です。
現在ではあまりその感覚は希薄となりましたが、以前は虫によって引き起こされる感染症というのが世界的に深刻な問題となっていました。その対策として多くの国で殺虫剤の散布が行われており、DDTはその代表的なものでした。
そしてこのDDTの規制が広まったことによって、発展途上国を中心に抑圧傾向にあったマラリアが激増することになります。(蚊を媒介とした感染症で、アフリカを中心に未だに猛威を振るう感染症です。)
例えばスリランカでは、DDT散布により年間250万人いたマラリア患者を31人にまで減少させることに成功していましたが、DDT禁止後5年足らずで元の年間250万人に逆戻りしています。(DDTの使用停止自体は禁止以前に取られていた措置ですが、DDTの効果を示すものとしては十分なデータと言えるのではないでしょうか。)

この結果を受けて、カーソンを批判する声が上がり、未だにそれは残っています。
しかしここで重要なのが、カーソン自身は「DDTを規制せよ」などとは一言も言っていないということです。(またカーソン自身は『沈黙の春』出版からほどなくして亡くなっているため、規制を止めることもできませんでした。)
カーソンがDDTに対して行った主張は、マラリア蚊がDDT耐性を得ることを遅らせるためにマラリア予防以外ではDDTの使用を避けるべきだという内容でした。
つまり世の中の人たちが、他の薬品への主張や、薬物に対する過度な危機意識によって読み違えたがためにマラリアの被害者を増やすことになったといえます。

近年SDGsやCSRなどで急速に環境を始め、持続可能性に関しての注目が高まっています。
もちろんその問題を意識するということは、とても重要なことであるということは疑いようもありません。しかし『沈黙の春』の事例のように、問題の本質やそれによってもたらされる結果や影響というものを正しく把握するということも、同じだけ重要だと言えます。

付け焼き刃的に、ただSDGsに当てはまりそうな活動をしてみる、というので解決できるほど社会が抱える問題は当然簡単なものではありませんし、そのような取り組みは評価もされないでしょう。
自分たちの事業や持っているスキルなどを活かして、それを社会課題に対してどのように還元し使っていくことができるのか。そのような中・長期的な規模で問題を捉え、まさに「持続可能」な取り組みとしてきちんと取り組んでいかなくてはならないのです。

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