AZTEC CAMERA “KNIFE”

 時は1985年、盛夏の訪れを告げる宵越しの祭りを終え、道路にも車が戻りいつもの喧噪を取り戻しつつある地方都市の午後4時。大会を前にプールでたっぷり泳いだぼくは、ガラス越しの日差しが焼けた肌をひりひりさせる窓際席で、水泳部の同級生とローストビーフバーガーを必死になって頬張っていました。ここアービーズは当時のマクドナルドやロッテリアにはなかった、《ソース調整はご自身でご自由にシステム》が新鮮で、とくに酸味の効いたホーシーソースを好んで大量注入し、時を忘れジャンクに酔いしれるために通っていました。ぼくがまだ半分も食べていないとき、『引退したら塾いかなあかんな』と急に隣の彼が言い出したので、あわててコーラのストローをくわえ口の中を空にし、『ほんま??おまえ勉強すんの?!』と、今となってはアホすぎる返答をしていました。一瞬静寂に包まれた気がしたぼくは、店の中をループするビルボードヒットチャート曲にすぐ引き戻されました。『アウトオブタッチ、まだうれてんのか』なんて、とりとめの無いコトバをはさみ、『せやな、勉強せなあかんわな』となんとなく合わせていました。彼は府大会など余裕で通過するレベルの選手で、部活後スイミングスクールにも通っていました。なので、ずーっと水泳を続けるもんだと思い込んでいたこともあり、少々不意打ちをくらった感じになっていました。『ほんまにやめるんけ?』『やめるわ、全部』。ぼくにとって、いつまでたってもタイムで追いつけなかった輝かしい彼が、後にも先にもこの一瞬だけ、哀しそうな顔をみせました。

 店を出て、本屋前で彼と別れたぼくは、昨日壊れたウォークマンのイヤフォンを購入するため、電気街へ向かいました。並んだテレビから、好調だった阪神が少し足踏みをしている様子がながれるのを横目に、好調の近鉄こそ取材してほしいな〜デービスとかもっと知ってほしいねんけど、と少数派ファンとしての妬みを心に漏らしながら、オーディオコーナーへ。ナガオカやオーディオテクニカのダイヤモンド針群に目を奪われ、ナカミチのデッキにゾクゾクし、やっとこさソニー純正のイヤフォンを購入。今回は黄色にしてみた。イイ感じ。急いで近くの河原に降り、石畳にねっころがって、再生ボタンを押す。まだまだ暮れそうにない蒼すぎる青空。アタマの中には冬からずっと聴いているアズティックカメラ。透明な音色に押し出されモクモクとこみ上げてくる灰色の衝動を、空へ空へと吐き出していた中学最後の夏。ああ、オレンジジュースも持ってくるんやった。もう少しだけここにいたいから。(竹見正一)

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