あの素晴らしい愛をもう一度 加藤和彦 北山修
小さいオンガクにありがとう〈前編〉

 「まあちゃん、大関とって」足が下につかないほど高い木の椅子に座っているぼくに、端っこのおっちゃんが言うてきた。ぼくの横のカウンターには5人のおっちゃんが並んでいる。ぼくが一番近くのおっちゃんに、キャップを取ってワンカップを手渡すと、リレーのバトンのように端っこに居るおっちゃんへ届けられる。おっちゃん、ガラス瓶を握るや否や、アルミのふたをクルパカッと捻り空け、底にたまるくらいの七味をふりかけ、唇を尖らせて一気に飲み干してしまう。「ふうう。まあちゃん、大関とって」また言うてきた。「丸はん!瓶、隠したらあかんで!一回一回、お代は置いとき!」酒屋の方からおばあはんの声がする。

 いつからか忘れてしまったけど、ぼくは夕方6時になると、ここに座らされる。おばあはん曰く、お客の酔い止め薬らしい。ようわからん。店の奥、ぼくのこの位置から見た左側がカウンターで、その向こうにおっちゃんたち。右側は酒屋で、左側の10倍くらいのスペースに、一升瓶や調味料が綺麗に並ぶ。酒屋にはオカンとおばあはんが居て、おばちゃんの相手をしてる。この時間になると、近所のおばちゃんたちが夕飯で足りなかった醤油やみりんを大慌てで買いにくるんやけど、そのわりに10分は話をしていく。おばちゃんたちの周りでは事件が毎日起こっているかのよう。隣の奥さん最近みいひんでとか、公団の中坊がバイクで校庭を走っとったとか、ぼんちのおさむちゃんに話しかけたら無視されたとか。どんなことでも大笑いしてる。ぼくの左も右もガヤガヤ。だから、気になる野球中継の解説も聞こえへん。振り向いた小上がりにテレビがついてるけど、ちょっと遠い。まあ、もうすぐ妹が花の子ルンルンに変えるからどうでもええか。今は宿題しとこう。

 カウンターでジャポニカを開く。「お、ジュディオングや」店内のAMラジオに反応するおっちゃん。「大賞はこれかね」「夢追い酒やろ」「幸子にとらしてやりたいなあ」おっちゃんら、昨日もおんなじこと言ってなかったっけって思う。そんなことより、この曲終わったら7時になるから、フォークがかかる番組になる。今日はなんやろなあ、たのしみや。はじまった!店を包むギターの音色、なにこれ!いっぱいギターの音があるやん!『赤とんぼの歌 歌った空は〜』この曲ええなあ。「だれやねん、しょーもない」「演歌にしてくれ」おっちゃんたちが騒いでいる。でも、この番組は変えへんぞ。そう覚悟しておっちゃんらにニコニコしてたら、ガラガラと引き戸の大きな音がして、酒屋にまたおばちゃんが入ってきた。あれ、うしろにタケイシもおるやん、なにしにきてん、あいつ。タケイシのおばちゃんが、遠足のおやつを買いにきたと言うてる。ああ、明日遠足やったか。そういえばタケイシ、バスでとなりやんけ。何買いよるかみとこ、お菓子交換できるし。チラチラ覗いてたら「ほんまかいな!」オカンが大声をあげた。「そうなんや、うちら来週引越やねん」おばちゃんのゴワゴワした声がきこえた瞬間、タケイシと目が合った。タケイシはその目をそらさず、まっすぐこっちにやってきて、ぼくをしばらく大きな目で睨みつけて「いわんといてな」と、小さい声で言いよった。(竹見正一)

次号につづく

この投稿は役に立ちましたか?
送信
0人の方がこの投稿は役に立ったと言っています。

オンガクに、ありがとうの最新記事8件

NO IMAGE

オール紙製卓上カレンダー 2025年版受付開始!

卓上カレンダーによく使用されるプラスチックの台紙や金属のリングなどを使用しない、オール紙製のエコなカレンダーです。すべてまとめて古紙としてリサイクルできます。2025年版のお申し込み受付を開始しました。無料のサンプルもご用意しております。

CTR IMG