Primal Scream “Sonic Flower Groove”

 

 長いお経が終わっても、まだまだ続くおおっさんのお説教。ご近所さんをいじりながら、爆笑の渦をつくっている。おかんのほうのおじいはんが亡くなって7週間、毎週金曜日にこの渦の中でじっとしている。悲しさが摩滅するほど、おおっさん話はくだらなく長い。ただ今日は昨日のことを思い出すと嬉しくなって、全く苦痛ではないのだ。そう、昨日のこと…

 喫茶店を出て師走の大通りを東へと向かう。通り沿いの商店はどこも大賑わい。アーケードに垂れ下がった錆び錆びのスピーカーから漏れるクリスマスソングのインストにまぎれて、電気屋から高音質の“怪盗ルビイ”が聴こえる。店番のおばあがうたた寝をしているタバコ屋から“パラダイス銀河”、ツタで覆われた中華屋の厨房から“みんなのうた”。そういえば、ぜんぜん演歌が聞こえないなあと思いながら、ウォークマンのスイッチを入れる。1年越しで手に入れた“ソニックフラワーグルーヴ”。12弦がきらめきまくってる!今日はドルビー外してシャリシャリにしてみよう。すれ違う人々が皆幸せそうに見えてきた。良い感じだ。歩みのピッチを上げる。川を渡る。橋の真ん中に立つ。うわ!北の山にも雲がない。ここではなかなか見ることのない晴れ渡る空。ヤシカのT-2を鞄から取り出し、ファインダーを覗く。35/F3.5テッサーレンズの先は、更に遠くなったアオゾラが輝く。よし、ボビーがDon’t walk awayと奏でたら、シャッターをきろう。カチャ。あかんあかん、急がな。ボリュームを上げ、先を急ぐ。橋を渡りきり、四つ角を南に下がり、大学の門を抜け、階段を駆け上がる。開講1分前、このくらいがちょうど良い。するするっと後ろの真ん中の席に潜り込む。開講。ぐいぐい引き込まれるT教授の講義。興奮が続く。独歩の竹の木戸にはじまり、スコセッシ、ニューエストモデルと展開してゆく。リクルート、原節子、千代の富士、浅田彰、タモリ、そして川端の雨傘を読み上げたあと、想像力をつけなさい、あなたたちは大きな勘違いにいる世代だから、と声を枯らして閉講した。ぼくはもちろんわかっている。彼の講義の半分も理解できていないことを。でも、ここに通っている。ただただ心が熱くなるから。きっと来週もここに来るだろう。教授に押し寄せる多くの大学生を尻目に、ぼくはそっと席を離れた。階段を下り、棟をでて、枯れた木々の間から空を見上げる。いまだ雲一つ無い青空。このアオ良い!カチャ。ファインダーから目を離そうとしたそのとき、「なんかおるんか、そこに」と、間近にどこかで聞いたような籠った声が。うわ!M教授やん!あかん、なんも言えへん!なんも出えへん!ほんの数秒、同じ空を見上げて、M教授は去って行った。著書のおかげで救われました、くらいのことも言えなかった。

 お説教が終わり、おとんのセダンに乗り、海みたいな湖を横目に家路につく。後部座席のおかんと妹は、明日のナントカ会の準備で大変そうだ。AMラジオのフォークルが、美しいメロディーで車内を暖めてくれる。“悲しくて悲しくて、とてもやりきれない”。昨日まで悲痛を感じていた曲が、愛おしくなる。思えば会えるし、思えば届く。たとえ勘違いでも、たとえ会えなくとも、思いは枯れぬ。いつかボビーにさえ会えそうな気がする。「なんかおるんか、そこに」。あれは、稚拙で危ういぼくへの忠告だったのかな。空に向けてファインダーを覗くモヒカンのぼくに、そこだけやないよ、と、言ってくれたのかな。未来ってぜんぜん悪くないやん、と、自分勝手に盛り上がっているぼくがいる。空についてのただこれだけのことで。

 人は死ぬ。死ぬのだから生がある。目一杯やってみよう。高校を卒業する理由ができた。(竹見正一)

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