BOB MARLEY & The WAILERS ”UPRISING”

 「明日はやっと焼き肉たべられるわー」目の前でパクパクと白玉をほうばりながら、たまちゃんが忙しそうに言う。「おまえ天一くってたやん、おととい」グリーンティーの氷をカラカラと回しながら僕が返す。チャーシュー抜きでした!って言うので、大量の豚骨スープはええんかいとは突っ込まず、よく我慢できました、と話を切った。そう、今夜は送り火。街を囲む山々に灯がともる。ご先祖はんが牛に乗って天へ戻る夜。ちゃんと天に戻れるよう、帰ってはる間は、四つ足の動物はたべられない。

 食べ過ぎると塾でねむくなるからと、たまちゃんが僕に塩こぶを差し出す。抹茶が甘すぎたので、ひとつまみ噛み締める。なんかこのスイカに塩ふりかける感じ、うまいことやるなあ甘味屋は、と呟く。なんで急にスイカ?あほなん?と言われたので、すんませんと応え、もうひとつまみ口に運んだ。

 あ!もうこんな時間!というたまちゃんの声に背中を押され、女子で埋め尽くされた店内から出ると、晩夏の熱気が街の喧噪と一緒になって全身に絡んできた。皆楽しそうに歩いているように見える。この感じ、いいなあ、って思う。ただ、あの灯が消えるとどうしようもなく寂しい気持ちになるから嫌だ。街はいつでも高揚していてほしい。うかれていてほしい。街が静かだと、いろいろ鮮明になってしまうから。

 今夜灯がともる山の方を見ながら歩いていると、ほなね、と肩を叩かれた。あわてて横を向くと、たまちゃんがカセットテープを胸元に突き出してきた。来週のパーティーで流れるから、とぐいぐい押し付け、受け取った僕がありがとうと言う間もなく、小走りで塾の階段を登って行った。その背中を見て、あ、髪切ったんや、って思った。

 一人になった僕は、アイワのヘッドフォンを冠り、自販機でロング缶を買い、河原に停めておいた自転車にまたがって、上流の方へとペダルを踏み込んだ。軒を連ねる河にせり出した飲食店はすでに大賑わい。あと1時間もすれば日が落ちる。笑い声と空騒ぎで充満する街。そう、この時間のこの道は最高!自転車が、風が、全てを切り裂いてくれる。僕はただただ北へ向かって足をかき回し、人が少なくなったところで、自転車を停めた。連なる大柳の下の少しくだけた石垣に腰をおろし、ロング缶に手をかける。いいタイミングでヘッドフォンからリデンプションソング。昼に買った数枚の輸入レコードを取り出し、かるく鼻に寄せる。独特な盤の香りが気持ちを踊らせる。早く針を落としたい!家に帰るか、店に行くか。たまらなく興奮していたそのとき、頭の上から大声が落ちてきた。「おい、おまえ何飲んでんねん!」。見上げると1年の時に習った国語の先生。ああ、いよいよ退学かな、と思った瞬間、「まあええわ、おれ、もうセンセやないし。でもベンキョはせいよ、あとで効いてくるさかいに」そう言って、通り過ぎていった。ぼくは唖然と見送った。一言もしゃべらずに。小さくなる先生の後ろ姿を見て、思い出した。ああ、そうだ、この人、ビートルズが好きで、授業の合間に歌詞の和訳をたくさん教えてくれてたんや。みんなには不評やったけど、ぼくはめちゃくちゃ楽しみにしていた。音と違ってちょっと寂しかったペニーレイン、酔っぱらって聞いたら最高だけど重かったストロベリーフィールズフォエバー、すごく覚えています!ありがとうございます、先生!

 すでに日は落ちてしまった。先生の姿は見えない。方々の山に灯がともる。新しいレコードは聞けないまま。

 いつもちゃんと伝えられずに時が流れてしまう。いつも何もかも誰にも届けられない。灯が消える山々から目を背けたら、オートリバースでループするボブに、馬鹿は急げ!と、頭を叩かれた。そして、自身の戦いの矮小さを知った。(竹見正一)

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