Sid Vicious “My Way”

 優雅で堂々とした大きなチャペルを背にして、ぼくたちは門を出た。えっちゃんが言う「大学、やっぱりええなあ」つれてマサキが「絶対に受かりたいから、先生に嫌われんようにせなな」そしてバチオが「いやあ、綺麗なおねえさんいっぱいおるなあ」  

 来年通うことになるであろう、大学の見学会を終えた帰り道。時はすでに16時、軽食をとるためカフェバーへいくことになった。「歩ける距離やしこのまま川沿いを」と提案したけど、3人に猛反対されバスに乗る。観光客でいつも混雑しているバスだが、今日は最後部に横並びで座ることができた。「テニスやでテニス、テニスやるわ!」帰宅部のバチオが、座るや否や薄い宣言をした。「確かにテニスええよなー、エイミーの先輩おったしなあ、うまいこといくやろなあ」続けてバレー部のえっちゃんもニヤニヤしている。軽音部のマサキは学校案内パンフレットを開いている。端に座ったぼくは、窓越しに来月公開予定、シシリアンの看板を見つけ、(あ、はよ前売り買わな、チミノとプーゾでおもろないはずがないやろ)と静かに興奮していた。

 バスを降りたぼくたちは、散りきった桜並木を抜けアイヴィーに向かった。この店の中2階にある店内を見下ろせる4人席に座る。ドリアとドリンクをそれぞれ頼み、一息ついて今夜のパーティーの話になった。「女子校中心やしレベル高いで」とえっちゃん。「音はユーロビートでおねがいしといた」とマサキ。「またマイケルフォーチュナティがラストなん?」とぼく。「もちろんギブミーアップ」とバチオ。「パペポのやつもええで」とえっちゃん。どんなんやっけ、聴かして、と、二人がウオークマンを取り出しイヤホンを片方ずつ突っ込んだ。聴き入っている二人を横目に、ぼくはマサキにどんとの最新音源を手に入れたことを伝えた。「今もってんの?!」と予想通りアツくなった彼にThat’sのMG-Xを差し出し、「ジンジャエール代だけでええよ」と手渡した。「めっちゃうれしいわ、ありがとう!」というので、「帰って買ったばかりのデンオンコンポで聴けよ、ユーロよりええぞ」とからかう。「まじかえろかな、なんか見学行ってベンキョもせなあかん気がしてきたし」というので、おうおう帰れ帰れと煽った。店内にはシドヴィシャスのマイウェイが流れている。ちょうどええ曲や、今日は変わる日やで。まじめなマサキを追いつめる。そのとき、マリちゃんが階段を登ってきた。マサキの彼女。マサキはどんなパーティーにも彼女を呼ぶ。これでマサキは帰れなくなった。案の定、さっさとカセットを鞄に押し込み「ドリア喰ったら、二人で先に行くわ」と言った。

 デッドオアアライブでパーティーが始まった。ぼくはダンスフロアを背にしてカウンターバーに腰掛け、先日担任に言われた言葉を思い出していた。「今度さかろうたら、おまえ大学行けへんようにすんど、おや泣くど、ええんかい」その担任の声を同じ教室で聞いていたマサキは「あかんて、あやまらな。とりあえず大学はいかな」と言った。とりあえず?とりあえずって?と怒りがノドから噴出しそうになった。しかし、ぼくはマサキになにも言わなかった。

振り返るとマサキは楽しそうに踊っている。パンクが好きでギターを弾くマサキが別人のよう。彼の屈託の無さがうらやましい。素直になればそういうこと。妬みにまみれたぼくは、そんなことさえ封印してしまうほど、深く深い闇にいる。戦っているのか、逃げているのか、もう分からなくなってしまった。一気にビールを飲み干し席をたった。レッドレッドワインで柔らかくぬるい空気になったフロア。とにかく今夜はここじゃない、店を変えよう。

 レゲエバーにつくと方々から声がかかる。ほっとする。そして急に寒々した。逃げる為に戦っている、のか、という仮説が鮮明になった気がした。(竹見正一)

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