風街ろまん はっぴいえんど
小さいオンガクにありがとう〈中編〉

 最後の一人になったカウンターのおっちゃんを、柔らこう帰したおばあはんが雨戸をとりに倉庫へ行った。おかんは台所へ、おとんはそろばんを弾き始める。ぼくはそうろと高い椅子から降り、台布巾でカウンターを拭く。こぼれたお酒はええけど、缶詰の汁はたまらん。一回拭いただけではとれんから、何回も布巾を洗わなあかん。乾拭きまで終わったら、おとんが見に来て「よし、ええど」と言うた。ぼくはテレビへと急ぐ。夜のヒットスタジオ、はじまってるやん。「手え洗いなさい」とおかんに言われ、ちゃちゃっと水に手をあててからテレビの前に座り、ちゃぶ台のお皿に盛られた渋柿を手に取り噛み付く。びわこのおっちゃんの渋柿、今年も美味しいな。渋柿で夏にたくさん獲ったゲンジのことを思い出す。びわこのおっちゃんの秘密の山、めちゃくちゃ獲れるんや。来年も行きたいな。あ、そういえば、あのゲンジ、タケイシにも分けてやったんやっけ。ゲンジ獲りから帰ってきたとき、たまたま店に買い物にきとったから。ただ、あいつ、おとんの前で、茶色のヒラタを雄雌でほしいとかいうから、一匹しかいない茶色の雄を泣く泣くあげてしもうた。はらたつわ。ほんで、絶対に卵生ませたる、とか言うてたけど、どうなったんかな。ああ、あれ以来、話をしてない気がする。運動会、おったっけ?学芸会、何役やったっけ?1年のころはけっこう遊んでたのに。そうや、1年の始め、毎日のように野球をしてたある日、あいつが空き地の端っこに一人で座ってた。近づいてみたら、棒をアリの巣に突っ込んでる。おまえなにしてんねんと言うと「アリをあつめてんねん」と穴から抜き出した棒をぼくに向けてきた。「棒をな、砂糖水に一晩漬けといてん」棒にふれてしまったぼくの手に大量のアリが絡んできた。左手のグローブではたくけど、数が多すぎて間にあわない。タケイシはカラカラと笑ってる。強くはたいたら、数匹潰してしまった。「しる、なめてみ、にがいで」というので、ちょっとだけなめてみた。にがい!いやすっぱい?とにかくまずい!!そして、二人で笑いころげた。それから数日間、タケイシといろんなとこへ行っていろんなことが起こった。田んぼでカブトエビを獲ってたら農家のおっさんにタバコ吸わされた。河原でイタドリを食べ過ぎておなか痛くなったときは、タケイシが「これ薬草や」と言うた細長い葉っぱを食べたらほんまに治った。神社でアリジゴクをさがしてたらボサボサ髪のおばちゃんに服を脱がされた。セミを給食袋いっぱいに詰めたり、蜂を素手で捕まえたりもした。楽しかったなあ。そうや、毎日もうええってくらい大爆笑してたんやけど、急にタケイシが入院したんで、ぼくは野球にもどったんやった。そうか、タケイシ引っ越してまうのか。

 そんなことを考えていたら、おとんの声が聞こえてきた。酒が飲めるのめるぞー酒が飲めるぞ。テレビにあわせて歌ってる。自動車ショー歌ばっかり歌ってたおとんが最近こればっかりや。「さっさとたべなさい」とおかん。いつのまにか出てきたちゃぶ台のきつね丼を食べる。すごく美味しい。けどアリの味もどこかにいるような気がして残念。おっ!カサブランカダンディ。やっぱりジュリー、かっこええな!と楽しくなってきたら、おばあはんが、がちゃがちゃとNHKに変えた。しゃあないなあ、食べたら店でラジオ聴こ。

薄暗い店でおとんがまだ帳面をつけている。高い椅子に座り、もう一度ラジオをつける。「はよ風呂に入りなさい!」またおかん。うん、と答えたら、何かのイントロが流れ出した。チャラらチャン、チャン、チャラらチャーン、街のはずれの背のびした路次を。風をあつめて。なんやこれ、へんな曲。へん、へん、でもへんてなんやろか。(竹見正一)

次号につづく

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