元気です。 よしだたくろう
小さいオンガクにありがとう〈後編〉

 急に肌寒くなった遠足の朝、学校へと急いで歩く。「ポッキー、箸箱に隠してんねん」隣でシミズがなんか言うとる。「お菓子100円分なんて全然足りひんし、しゃーないやろ?」そうや、お菓子。昨日タケイシが板チョコとガムを買いよったから、僕は店からぼんち揚を一袋もらってきた。あいつ、交換すんのいややとか言いよったらどうしよ、そしたらチョコ食えへんなあ。学校に着くと、みんな校庭に整列し始めとった。ささっと列に入り、山の方を見た。茶色いなあ、モミジも終わったなあ。すぐにセンセの号令がかかり、一斉にバス乗り場へと歩き始める。バスの急な階段を上がり、決められた後ろの方の席に座って気付いた。タケイシ、来てへんやんけ。

 バスが動き出すと、センセが話し始めた。マイクの音、大きいんちゃう、うるさいで、とつぶやくけど、僕の右の窓際席には誰もおらん。左側にいた補助席のマユミが、「先生にそんなこと言うたらあかん」て言うてきた。「天気も良く、遠足日和ですね!」やっぱり声大きいて、センセ。耳の穴を指でふさぎながら、窓の外に目を向け、はよ終わってえやと願ってた。その時、「今日、お休みのタケイシさんは、今週末引っ越しします」と聞こえた。慌ててセンセの方を見返す。「明日からの2日間、みんな、最後くらいタケイシさんと仲良くしてあげてくださいね」何?何?何言うてんのセンセ?「では、そんなタケイシさんにみんなで歌を歌ってあげましょう、木綿のハンカチーフ!」はあ?なに?なに?それ、センセに無理やり合唱祭で歌わされたやつやん。センセがテープをガイドさんに渡すと、綺麗なイントロが流れ始めた。ええ歌やのに。「恋人よ君は旅立つううう」僕は、すっと窓際席の方へ移動する。ただただセンセの顔も声も嫌になり、時間が過ぎるのを待っていた。「それでは、これから自由時間です」ようやく歌が終わった。わけわからんど、どうゆうつもりやねん、センセ。お菓子でも食べよ。ぼんちを一人であける。前の席からシミズが顔だしてきたんで、ポッキーと交換する。「こっちに戻りや、あんた、その席ちゃうやろ」補助席のマユミがうるさい。マユミの向こう側にいるウチダもなんか言うてきた。「その席、タケイシ菌がおるで」えっ?何?それに答えるようにマユミが「ハハハ!今日は来てへんねんから、大丈夫やー」なんやねん、お前ら?「そこ座ったらうつるど、アホで髪の毛ボサボサ虫食い女になるどー」ウチダ、なんやて?「髪、へんやけど、タケイシも女の子やねんからそんなん言うたらあかんてー」ってマユミがもう1回笑った瞬間、僕はマユミの膝越しに左手でウチダの襟首を引っ張り上げて、鼻の一番高いところをグーで殴った。鼻血がいっぱい出てきて、ウチダは大泣きしよった。同時にマユミも泣き始めたんで、泣くなとパーで頭をひっぱたいた。ああ、今日帰りにくうなってしもた。先週、妹をしばいておとんにぶん殴られた時、女だけは絶対叩かへん、と約束させられたばかりやし。「なにをしているのですか!!」あんなに大きかったセンセの声が遠くに聞こえた。

 バスから降りて、自然公園を歩く。シミズがエライコッチャとか言ってついてくる。原っぱの向こうに川が見えた。シミズに「おまえ班ちゃうやろ、戻りいや」と言って、ひとりで河原を歩いた。ちょっと期待したけど、イタドリは見つからへん。セミもハチもおらへん。麦わら帽子はもう消えた、田んぼの蛙はもう消えた。遊んだ帰りによくタケイシと歌ってた。どっか行ってしもて帰ってこうへんタケイシのおとんが、家に残していったテープに入ってた曲。あのテープ、ええ曲ばっかりやった。くそう、センセもしばいたろか。あかん、センセ、女や。石を拾い、ギュウッと握って、思いっきり川に投げた。

そして、次の日もその次の日も、タケイシは学校を休みよった。まあ、それもええよな、と僕は思った。(竹見正一)

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