異能人材の芸術的思考が経営にイノベーションを起こす

経済ジャーナリスト/イノベディア代表  内田裕子さん

江森:内田さんには当社のCSR報告書2019で『「横浜イノベーション」から始まる新時代の価値創造』というテーマで対談させていただいて以来、当社のメディアには2度目の登場ということになります。今回改めて2019の対談を読み返して、実に中身の濃い議論だったなあと思うのと同時に、あれから3年経つのにあまり変わってないなあとも感じました。それほどコロナの影響が甚大だったということと思います。あのとき話したことを実現していくためにも、今回も充実した議論をしていきたいと思いますが、その前に前回あまりできなかった内田さんご自身のことについて伺っていきたいと思います。内田さんは経済ジャーナリストでありながら、なんと芸術学科卒業という異才の持ち主でもあります。またどうして芸術を学ぼうと?

内田:当時は驚かれましたよね「へ?何しに行くの?」みたいな(笑)。でも私は当時から自分はこう思いますと表現することが、これからは絶対大事になると思ってたから。

江森:その先見性はすごいですね。なんでそんな子供になっちゃったんですか。

内田:たぶん、それをずっと言えない子供時代を過ごしたからだと思う。何か人より先を考えちゃうところがあって、いつもみんなと違うことを言ってしまって嫌われるみたいなところがあったので、言えなくなってしまったんですよね。でもなんかおかしいとずっと思っていて、そんなときにミュージカルの「コーラス・ライン」を観て目覚めたというか、自分がやりたいことをやりたいって言っていいんだ!ということに気づいたんです。

江森:で、玉川大学へということですね。当時は文学部芸術学科だったそうですけど、いまや芸術学部に格上げされて学生からの人気も高いみたいですね。

内田:そうみたいですね。今でも一般企業への就職が強いようですが、私も別にプロとして演劇やろうと思っていたのではなくて、表現方法さえ学べればよかったので、大学でそれを身に付けることができて、自分も生き生きし、自信もつき、芸術とは何の関係もない大和証券に就職するわけです。

江森:そういうことでしたか。そんな内田さんと今日は「芸術と企業活動」について話し合いたいと思っているのですが、私たちの世代だと芸術と企業と聞いてまず思い浮かべるのは、バブル時代に世界の名画や文化施設などを日本企業が買い漁っていたこと。当時は「企業メセナ」だといってもてはやされていたわけですが、まずはあの時代の評価からお願いできますか。

内田:ゴッホのひまわりね(笑)。やっぱりアートの本当の価値がわかってやったことではないと思うんですよね。お金が余りました、さあどうしましょう?となったときに、将来値上がりしそうだということで、他にもいろいろある中で、ひとつの投資の対象としてアートが見出されたということですよね。ですから芸術振興ということをどこまで本気で考えてやっていたかということについては、大いに疑問が残りますが、それでも日本のアート界に与えた一定の影響というのはあったと思いますよ。

江森:それはどういうことですか。

内田:かつては、というかまさに私の大学がそうだったわけですが、美大なんか卒業しても就職先なんて本当に無くて、でもバブルの頃に先ほど江森さんが言ったいわゆる「メセナ」という流行の中で、大手企業がそういう部署や子会社などを作ったので、それなりに就職先ができたんですよね。そういう人たちが今でも日本のアート界を引っ張っていっているというのは、バブルのレガシーだったのかなと思います。

江森:それは私も思い当たることがありますね。当社のお客様にもアート関係の会社がたくさんありますが、確かに美大生の活躍の場になっていると思います。また最近地方活性化のイベントで多くなっている「○○芸術祭」というのも、昔東京でアート関係の仕事をやっていた人が地元にUターンしてムーブメントを作っているケースが多いように思います。

内田:地方にも美術館が増えて学芸員さんの活躍の場も増えたでしょうしね、全国的に影響があったのでしょうね。

江森:バブル崩壊から30年あまりがすぎて、いまは企業に余裕がなくなってバブルの頃のレガシーがどんどん失われているわけですよね。「○○芸術祭」というのも、ほとんどは自治体が観光客誘致のために税金を投入してやっているのであって、企業が支えているなんていうのは本当にレアなケースになってしまいました。この先もうバブルみたいなことはほぼ起こらないと考えると、日本においては、芸術家、あるいは芸術そのものがどんどん失われていってしまうように思うんですよね。

内田:最近、経営ってアートとサイエンスであるとか言われるじゃないですか。これからの時代ますますアート、あるいは芸術的思考が求められると思うんですよね。でもいまの日本のビジネス界においては芸術的思考は皆無です。ではそれを誰から学べば良いかといえば、アーティストや芸術作品なわけですから、企業が経営に芸術的思考を取り入れていくためには、芸術や芸術家を守っていくことが必要なんだと思いますね。

江森:それはアーティストを雇用するってことですか?

内田:雇用なのかな、なんなのかな?いわゆるパトロンですかね。

江森:それはまさにバブルの頃の企業がやっていたことですが、いまやどこの企業にもそんな余裕はないわけですよね。ですから芸術を保護したり芸術家を“雇用”することが、企業にどんなメリットをもたらすのかということを費用対効果として明確にしてあげないと、いくら経営に芸術的思考が大事だといっても、結局ごく一部の人しか取り組まない。

内田:昭和の頃みたいに、みんなが右へ倣えで同じ価値観、同じ幸福感を持てた頃と違って、今はウェルビーイングなんてい言葉が流行っているように、一人ひとりの幸福感も違うし、企業もそれぞれが差別化していかなければ生き残れないという中で、アートという考え方がクリエイティビティやイノベーションに効果的だということを示していかないといけないですよね。

江森:日本は同調圧力が強いと言われていて、今でも日常の多くの場面で「人と同じことが良いこと」という価値観が前面に出ていると思いますが、例えば戦後復興とか国民が一丸となるような場面ではそういう価値観は強いのでしょうが、現代のように政治的にも自然環境的にも不確実で多くのリスクを孕んでいる時代には、単一的価値観は脆いと思うんですよね。

内田:その通りですね。そこで必要になってくるのが、自分の考えとか自分の生き方を信じるということで、じゃあそれをやってきた人は誰かというとアーティストなんですよね。アーティストって自分が唯一無二の存在でなければ作品に価値がないから、人と違うということを恐れずにやってきた人たちで、いま江森さんが言った同調圧力に従う人たちとは真逆のメンタリティを持っている人たちですよね。まわりがどうあれ、自分がこれだというものを持って、それを育てていくことに喜びを感じることができる人は、何が起ころうとも動じないというか、そういう感覚をみんなが持てたら、みんな怖いもの無くなるだろうなと思
うんですよね。
 一人ひとりが自分のアートを追求していく人生になっていけば、他人のことなんて気にならなくなる。だってそれぞれ違う作品なんだから。そうすると世間体を気にするみたいな生きづらさから少しずつ解放されていくんじゃないかなと思いますね。

江森:いま温暖化や気候変動については、ESG投資やそのための情報開示フレームが成熟してきたこともあって、大手企業については世界中で取り組みが加速していて、企業にとっては持続可能性が高まっているといえますよね。それと同じように私はアートも企業の持続可能性にとって欠かせない要素になると思っているんですよ。多様性への理解という文脈でね。
 だからこそ企業がアーティストを育てたり守ったりすることが必要で、長期で見れば必ず経営にもプラスになると思うのですが、そういう社会的合意をどうやったら作っていけるかというのが、私が課題として感じていることなんです。

内田:そういう意味では、欧米の人たちは肌感覚でそれがわかっているようなところがありますよね。いま日本でもやっと義務教育で英語教育が始まっているので、ある程度は英語を話したり聞いたりすることができるという人たちが社会に出てくるのは何年後?10年ぐらい?そうなると少なくとも私たちの世代よりはグローバルな価値観を身につけた人たちが社会を構成するようになって、企業のトップにも就くようになれば、もっとアートやクリエイティブというようなものを普通に評価できるようになっていくと思いますね。

江森:まだまだ先の話ですかねえ…。今の大人世代がもうひとがんばりしないといけませんね。

内田:昭和の時代だったら「芸術なんかにうつつを抜かして…」などとパージされてきた異能人材を理解して、大切に育てよう、人と違う発想こそ宝、イノベーションの種があるんだということを、とりあえず理解しましょう。というところが、せめて今できることでしょうか。
 とにかく、これまでの教育では世界に勝てないので、感性を高める訓練を学校でも企業でも取り入れていくことが必要ですね。

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