戦略評価のノウハウを習得してSDGsを経営戦略に

横浜市立大学国際教養学部教授 影山摩子弥さん

2023年最初の巻頭対談は、我が国CSR研究の第一人者である横浜市立大学影山摩子弥教授です。昨年末に行われたニュープリンティング社の根崎記者による取材の模様を、JOオリジナル編集でお届けします。

根崎:今日はお二人にSDGsについて色々と伺っていきたいと思います。以前よりは皆さんの関心も高くなっているのかなとは思いますが、一方でSDGsって具体的には何すればいいの?と思っている方もそれなりにいるという実態がある中で、全印工連CSR認定制度を設計されて審査機関の代表をされている影山先生には業界の外からの視点で、江森さんには業界内での温度感のようなところでお話しいただければと思います。まず影山先生から見て、この十数年の印刷業界はどうでしたか。

影山:認定制度などを通じて印刷会社の経営者の方にお会いする機会がありますが、とても才覚のある方が多いなという印象です。大変厳しい時代だとは思いますが、色々な取り組みをして生き残っていく業界なんだろうと思いますね。その取り組みのひとつとしてCSR認定制度もお作りになったんだろうと思います。関与していて安心できるところがありますね。おもしろいと言いますか。ただ温度差もあるように思います。よく地方の自治体の支援をした際に、印刷物を作るということになって印刷会社の方とお会いすることがありますが、全印工連で取り組まれていることがどこまで伝わっているのかなと思う場面はしばしばあります。

根崎:SDGsの取り組みについてはいかがでしょうか。

影山:昨年からCSR認定の際のチェックリストをSDGsに対応したものに変更したので、SDGsには取り組みやすくなっているのではないでしょうか。ただ、今の時代難しいのは、経営者のセンスや思いというような直感的な動機だと戦略にならないケースが増えていることです。なぜ当社が取り組むのか、その取り組みでどういう成果が出ているのかということを把握し分析できなければ戦略とは言えません。CSRの取り組みは「何か良いことをしなければ」という動機から始まることも多く、むしろその取り組みに理由なんて求めてはいけない、良いことは隠れてやらなければいけないという価値観の企業が多いかなと感じています。そこが一番の課題だなと思っていまして、全印工連の制度がすごくいいのは、戦略性も問う制度になっているからなんですね。

根崎:SDGsの取り組みが戦略的に有効かどうかを確認するのは難しそうですね。


影山:売上や原価など数字で測れるものは把握しやすいですが、SDGsやCSRの取り組みは数字で測りづらいんですね。サプライチェーンマネジメントの一環で、顧客からやれと言われれば、これはやるしかないですから明確ですよね。しかし例えば、従業員への子育て支援策として事業所内に保育園を作ったとして、それを利用した従業員さんの気持ちが和んだという結果が出たとします。ではこの従業員さんが和んだことによって、どれだけ生産性が上がったのかなんて、普通はわからないですよね。思いだけで保育園を運営するのではなくて、生産性が上がるように運営する、それが戦略なのですが、その意味が見えにくいというのも難しさのひとつかなと思っています。

根崎:だからきちんとデータをとらないといけないんですね。

影山:その通りです。しかも取り組みによってデータの取り方も変わって来るのですごく複雑ではありますが、全印工連の制度の場合は、審査員が訪問して教えてくれることになっていますので、是非活用していただきたいですね。

根崎:江森さんはなぜそこまでCSRをやらなきゃって思ったのですか。

江森:そりゃもう、自分の会社の存在意義のためですよね。ウチの場合はリーマンショックのときにすごく大きな影響を受けて、今まで通りのやり方ではどう考えても生き残れないと思ったので、「一生懸命印刷をする会社」ではない新しい存在意義が必要になったわけですよね。それで色々と勉強したりして行き着いたのがCSRだったということです。社会の期待に敏感になってそれに応えていけば、あって良かったと言ってもらえるのではないかということですね。影山先生にもずいぶんご指導いただきました。

根崎:SDGsやCSRが会社を変えるための良いツールになったということでしょうか。

江森:ツールというか、もっと根源的なものかも知れませんね。まずは「会社を変えよう」という気持ちがないとね。

根崎:会社を変えていくには、やはり経営者の気持ちが一番大事ということですか。

江森:よく「ウチの社員は意識が低いからSDGsに取り組めない」と嘆いている経営者の方がいますが、例えばCO2削減をやろうとしたときに、今日の自分の仕事のことでさえ精一杯な社員の人たちが自発的にCO2削減に取り組むなんてあるはずないじゃないですか。それは社員の意識に任せてやるようにことではなく、会社の仕組みとして、普通に仕事をしていると自然とCO2が削減されているという状況を作ってあげないといけないですよね。

根崎:ココラボさんではどのようにされているのですか。

江森:一言で言えばそのようなマネジメントの仕組みになっているということです。例えばCO2削減でいうと、大きな目標としてSCOPE1・2の排出量はゼロにしようというのがあって、事業計画化されますので、担当者は本当にゼロにする方法を勉強します。となると必然的に再エネに切り替えという選択にならざるを得ません。もちろん意識付けのために昼休み消灯とかもやりますが、それはあくまでも意識付けであって、昼休みに電気を消したらCO2がゼロになるわけではありませんのでね。またSCOPE1についてもゼロを目標にしているわけなので、車の買い替えという話になったら、当然電気自動車という選択肢が出てくるようになります。それは意識が云々という話ではないと思います。

影山:そのようなマネジメントの仕組みがすぐにできたわけではないと思いますが、どういう手順で進めていったのですか。

江森:当社が初めて導入したマネジメントシステムはグリーンプリンティングだったんです。当時は付加価値作りと自分たちの健康のためという観点で取り組んでいましたが、それが徐々に高度になっていったということでしょうか。高度化できた要因としては、やはりマネジメントレビューなんですかね。年単位では内部監査→マネジメントレビューという流れができていますし、さらに四半期ごとと、月ごとというのもあります。年単位のレビューでは1年間の取り組みを評価しつつ、それまでより少し高いレベルの要求を出すようにしていますし、四半期や月のレビューでは決めたことが確実に遂行できているか、目的を見失っていないかというところを中心に見ています。何よりウチには”レビューの鬼”がいますので、私も彼女にお尻を叩かれてやっているだけなんですけど(笑)

影山:真島さんですね。資料のまとめ方などとてもセンスのいい方なんですよ。

根崎:そうなんですか。だったらそれも事業にできそうですね。

江森:そうなんです。これも知的財産ですから、そうしたノウハウも事業化できないか模索しています。そもそも印刷会社って、これまでの仕事の中でコンサルできるネタをたくさん持っているんですよね。最終成果物を作っているわけですから、少し上流に遡ればアドバイスできることなんて山ほどあるし、可能性はたくさんあると思いますね。

根崎:今後の印刷会社の可能性について影山先生はどのように思いますか。

影山:これは印刷に限らず製造業全般に言えることですが、新しい技術に取って代わられてしまう部分がこれからもどんどん大きくなっていくのは避けられないと思います。しかし取って代わられて削られたままでは衰退していってしまいますので、削られた部分をこれまでのノウハウを活かした新しい仕事で埋めていく努力をしないといけませんよね。私は印刷会社のビジネスチャンスはまだまだたくさんあると思いますし、印刷会社にはそれができると思っています。

根崎:江森さんはいかがですか。

江森:僕は前から「メンバーチェンジ」と言っているのですが、事業をやめていく方は一定数いて、それは仕方のないことと思うのですが、やめていくだけだとどんどん業界が小さくなっていってしまうので、そこにどうやって新しい風を、血を入れていくのかということだと思うんですよね。印刷業界にとって、というかもはや印刷業界ではないのかもしれませんが、産業の新陳代謝としてとても大事な岐路にいま立っているのだと思います。だからこそ新しく入ってくる人たちにとって、魅力ある業界なり組合なりというのはどういうものなのかということを考えていかなければならないし、その中で持続可能性というのは大事なテーマになってくるはずですから、全印工連がCSR認定制度を持っているというのは大きな強みになると思っています。

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