認定NPO法人こまちぷらす 森祐美子さん
江森:JOの巻頭対談では、主体的に「社会」に対して働きかけている方々にお話を伺っていますが、そういう意味では森さんは絶対外せない方の一人で本日ようやく実現しました。お話ししたいことがたくさんありますのでよろしくお願いします。まずはこまちぷらすの概要からお願いします。
森:こまちぷらすは、子育てをまちの力でプラスにしていくという私たちのビジョンから頭文字を抜き出して「こ」「まち」「ぷらす」と、目指す社会の姿がそのまま名前になっている団体です。親だけが子育てをするのではなくて、いろいろな人が関わって育てていく、そういう社会を目指して活動しています。主な事業としては、2か所運営しているカフェ型の居場所事業と、ウエルカムベビープロジェクトといって、まち全体で出産祝を贈ろうという活動ですが、その活動を通じて子育てに関わる人たちのプラットフォームを整えていこうと考えています。
江森:こまちぷらすの活動は、横浜はもちろん世界中からも注目されていますが、森さんはどうしてこの活動を始めたのでか?
森:私は子どもが2人いるのですが、最初の子を出産したときになんともいえない孤立感を感じたんですね。別に食べることに困っているわけではないし、住む家もあるんですけど、社会から切り離されている感覚があって…。でも、それは自分が悪い母親で、自分のせいなんだと思っているので、誰かに相談するという発想に至ることもなく、ひとりで落ち込んでいました。そんなときに戸塚区に子育て拠点を作るにあたって市民の意見を聞くための、月に1回の区役所主催のミーティングのことを教えていただいて、そこに参加したんですね。行ってみたら、みんなが私の話を聞いてくれたり、自分も社会に関われている実感を感じることができて、すごく元気になれたんです。私はたまたまそういう機会を得ることができたのですが、たまたまではなくて、社会の仕掛けとして常にそういう場があるという状態を作りたいと思って事業を始めました。
江森:文字通りゼロからのスタートだったんですね。出産直後というのはそれほど社会との関係が切れてしまっているものなんですか。
森:横浜という場所柄もあると思うんですね。他の街から引っ越してきて地縁も血縁もないという方も多いですから。出産直後で体力は落ちてるし、子どもからは目が離せないですし、そんな中であちこちに出向いてゼロから関係を作っていくって、かなり難しいことだと思います。
江森:僕たちが子育てをしていた、今から30年ぐらい前から比べれば、政策的にはとても充実してるし、いろいろな支援があるじゃないですか。それなのにあまり問題が解決している気がしないのはなぜなんでしょう?
森:向こう三軒両隣で考えると、昔はそのうちの半分は子育て家庭だったんですね。だから制度はなくてもお互いの助け合いが普通にできていたんです。いまは6軒のうち1軒あるかないかなので、インフォーマルな支援を受けることが難しくなっています。だから公的な支援を増やしているのですが、公的な制度というのはこちらから受けにいかなければ受けられないですし、制度には必ずすき間ができるので、自分に必要なものがすき間にはまってしまうと、利用できるものが何もない!取り残された!という感覚になってしまうということもあると思います。
江森:今の子育て事情がよくわかっていない世代代表としてもう一つ。行政の対応にしても世間の風潮にしても、子育てがなんだかすごく大変なことという前提になっていると思うのですが、僕はそんなにすごく大変なことだと思ったことがないんですよね。あまり子育てに参加してなかっただけかもしれませんが(笑)
森:若い人たちの中で、子育てできそうもない感覚というのが大きくなっていると思います。昔は周りに子育てをしている人がたくさんいてそれぞれが助け合っている様子を、育てられている子ども自身が子育てをリアルに観察できたわけですよね。だからなんとなく自分にもできるというイメージを持つことができたんだと思います。今はそういう情報が自分の体験ではなく、SNSなどを通じて外から入ってくるので、ひとつの側面だけを切り取った情報を見て、すごく難しそうというイメージを持ってしまうのだと思います。学生さんたちからも「やれる気がしない」という話はよく聞きます。
江森:昔当たり前だったことが、今は全然当たり前じゃないということですよね。でも、私も含め当事者以外の世代の人たちは、話には聞くけどそんな深刻なことだなんて夢にも思ってないから、助けなきゃ!っていう気持ちにもあまりならないんじゃないかな。子育てに限らず、多世代間の理解を促進する取り組みというのも必要な気がしますね。
森:今の時代がなんでも悪いということではなくて、例えばSNSやゲームなどで世界中の人とつながれるし、いろいろな情報を得ることができるという良さもあります。でも子どもを少し見ててほしいという時にネットでつながっている人には頼めないので、やはり子育てにはリアルな関係性が必要になってきます。そういう今の感覚に合わせた支援策が求められているのだと思います。
江森:支援ということでは、格差社会による分断が支援を受ける側に孤立感を与えているために、支援が届かずますます追い込まれていくという悪循環があると思っています。格差社会の原因はハイパーグローバリゼーションと言われるような、超効率化経済によって経済の構造が変わってしまったところにあります。つまり一部の企業が巨大化していき、資本力で劣る地域の中小企業は生き残れなくなるという構造です。私は地域社会が安心・安全で豊かであるために、中小企業が果たしてきた役割はとても大きかったし、これからも中小企業は地域のためにがんばらないといけないと思っています。
森:地域にNPO含め小さな事業が増えていくことによって、働く場としての信頼できるコミュニティが増えれば、地域が豊かになっていくのではないかとは思っていますが、江森さんがおっしゃっているのはそういうことですか?
江森:中小企業といっても、かつてのような大企業の下請け構造はこれからの日本では成立しないので、中小企業の生き残り策としては地域の課題をビジネスで解決するということをやっていくしかない。目的はほとんどNPOと同じではあるのですが、こちらはより収益化を目指さなければならないので、イノベーションをどう起こさせていくのかというのが、実は中小企業政策の要諦なのだと思っています。
森:子育て中って、家と公園と買い物するところの三角形をぐるぐる回っているんですね。私たちの仕事のひとつに戸塚の商店会の事務局があるのですが、それを引き受けようと思った理由が、商店が子育てを支える場になると思ったからなんです。チェーン店だとお店の人も変わってしまうし、そもそも店員さんに子どもの話なんてしませんけど、パン屋さんや美容院のような個人店だと、そこに情報が蓄積されていって新しい関係性ができていく、それは子どもを育てるための大きな資源だと思っています。
江森:商店や中小企業の人たちは、自分たちの存在そのものが資源だなんて思ってもみないわけです。でも、そこが価値なんだって気づくことができればビジネスとして戦略化できるんですよ。横浜型地域貢献企業認定制度も本来それを狙っているんですけど、行政には是非そういう視点で政策を進めてほしいですね。
森:これからのキーワードは「ローカル&アイデンティティ」と思っていて、どんどん人間が仮想空間に入っていく時代の中で、しっかりと暮らしに根差した「私」を持つということが一番の豊かさになっていくんだろうと思います。これまでの大量に安くというような価値観に満たされない自分がいて、それがなんなのかわからないから、とりあえずその不安を保険とかお金で埋めようとしているけど、どれだけそれを最大化しても結局は埋まらないということに気付き始めている人たちが、住民だけじゃなく、中小企業の人たちや商店の人たちの中にもいて、そういう人たちが次の担い手になっていくんだろうなと思います。今はその過渡期なんでしょうね。
江森:今後の目標について教えていただけますか。
森:2020年に作った2030年ビジョンというのがあって、1枚の絵なんですけど、そこに私たちが実現したいことが散りばめられています。今年は初のクラウドファンディングにも挑戦します。ご協力いただけるとうれしいです。