「教えない音楽教室」が教える自ら考えて行動する力

SmileMusic主宰 広瀬治代 さん

江森:広瀬さんは「教えないピアノ教室」という、とてもユニークなコンセプトのピアノ教室を運営されていますが、これを始めたきっかけは何だったのですか。

広瀬:「教えない」という言葉は実は十年ぐらい前からずっと思っていたのですが、ヤマハにいたということもあって具体的にレッスンで実践するということができなかったんです。ヤマハのビジネスとしては、生徒を集めるためにスターを育てることが必要で、そのための英才教育をするのが当たり前の目的になっているんですね。

江森:学習塾でいうところの○○高校何名合格!みたいなやつですね(笑)

広瀬:そうそう。特に私はコンクールに出るような子のクラスを担当していたので、ずっとモヤモヤしたものを抱えていたのですが、その違和感が決定的になったのがコロナのときだったんです。
いつもそばで見ていた子が、オンラインになった途端にレッスンについて来られなくなってレベルが下がっちゃったんですよ。自発的に練習するということができないんですね。やらされてたんですよ、結局。私は音楽の楽しさとか、自発的に弾くということを教えていたつもりでしたし、伝わっていると思っていたのが、全然伝わってなかったということが本当にショックで、こんなに高いところを目指している子でさえそうなんだということを目の当たりにして、これではいけない!と思ったのが始めたきっかけです。

江森:私もときどきフェイスブックでレッスンの様子を拝見していますが、具体的にはどんなレッスンをしているのか紹介してください。

広瀬:まず初めに教えるのではなくて、質問するんですね。「なんで音符って丸いのかな?」とか。4歳、5歳ぐらいの子ですけど。そうすると「石みたいだから」とか、子供なりに考えて何か言ってくれるんですよ。それを否定せずに受け止めて、そしてまた質問して、答えてというのを繰り返していると、小さい子でも元々その子が持っている考える力が出てくるんです。ここは大きい音で弾いてみようとか、ここはゆっくりとか、子供なりに自分で考えて演奏するようになるんですね。そうやっているうちに、“あそこはそういう場だ”ということを理解してくれるようで、子供の心構えが変わってきます。例えばベートーベンの曲を練習するじゃないですか。そうするとベートーベンてどんな人なんだろうとか、この曲はどんな気持ちで作ったんだろうという疑問が沸いて、小学1年生の男の子なんですけど、次のときまでに自分で勝手に調べてくるんですよ。それで、これはベートーベンが目が見えなくなる前の曲だから明るく弾こうとか、自発的に考えるようになるんですよね。
大事なことは、演奏のテクニックを云々する前の段階。音楽との向き合い方や、自分で前に進んでいく力であって、それは音楽じゃなくても、どんなことにも共通することだと思っています。

江森:すごいですね、もはや音楽教室を超越してますよね。私は広瀬さんの「教えないピアノ教室」は人間教育として何かすごく大事なことをやっている気がして、注目しているんです。

広瀬:音楽は単なるツールなんですよね。音楽を入口にして好奇心とか想像力とかそういうものを育んでいくことなんだと思うんです。よくピアノなんて経験のある人しかできないんじゃないかとか、すごく敷居の高いものと思っている人がいるんですけど、そんなこと全然なくて、かえって本当に何も知らないゼロからのスタートの子の方が、アーティストになるんじゃないかって、本当にそう思います。

江森:先入観がないのがむしろいいかもしれませんね。音楽の入口という意味ではリトミックのワークショップなんかもやってますよね。

広瀬:これもなかなか準備も大変で、あの人何やってる人なんだろう?と思われたりもするんですけど(笑)、これも音楽なんだよということを伝えたくて続けています。毎回大盛況なので、参加者全員を覚えきれないのですが、あるとき障害を持った男の子が来ていたみたいで、私全然気づかなかったんですけど、みんなと一緒にやれたことがすごく嬉しくて、子供も自信を持ったみたいだからピアノのレッスンをやりたいってお母さんから連絡をもらったんですよ。それは私にとってもすごく嬉しいことで、そういう子が来てくれるんだったらもっとがんばらなきゃ!って思ってます。

江森:障害のあるなしに関わらず参加できるユニバーサルな教育プログラムって、ありそうでないですよね。そういう意味ではハンディキャップを抱えている親子にはとてもありがたいプログラムと思いますし、広瀬さんの教室の価値を、まっ先に理解してくれる人たちなのかもしれません。
広瀬さんは、不肖私が塾長を務めているNPO法人OICHI主催の「協同起業塾」の第11期の塾生でした。事業計画づくりでは苦労してましたね(笑)。

広瀬:ヤマハのやり方に疑問を感じていたこともあって※まちbizに入会してみたものの、あまり活動できずにいたんです。あるとき代表の坂佐井さんとお話をする機会があって、私が音楽教育について感じていたことをワーッっと打ち明けたんです。そうしたらそんなに真剣に考えているんだったら協同起業塾に入って勉強してみれば?と言われて、思い切って入ったのですが、やっぱり私にはすごく難しくて…。

江森:でも、事業計画発表会のビジネスアワードでは見事グランプリを獲ったじゃないですか。

広瀬:あのときは起業塾のプログラムが終わってからアワードまで半年ぐらい時間があったじゃないですか。あの時間が良かったと思います。結局最後まで事業計画も決めきれずに終わってしまったのですが、ここまでやったんだからしっかり作らなきゃと思って、もう一度練り直す時間がとれたし、何より同期の仲間の存在は大きかったですね。私なんかパワーポイントって何でしたっけ?というところからのスタートでしたから(笑)、同期の3人には本当にお世話になりました。それでもまさか私がグランプリとは自分でも驚きました。意外と追い込まれると強いタイプなのかなと(笑)。

江森:あれから10カ月ほどが経ちましたが、起業してみてどうですか。

広瀬:こういうことをやっていきたいというのは明確になりましたが、実際にどうやっていくかというのは今でも手探りです。場所も課題ですね。どうしてもピアノが必要なのですが、公共の場所は営利目的だと借りられないし、固定の教室を持つのはコスト的に難しい。学校の音楽室なんて放課後使ってないんだから使えないのかしらと思うこともあります。

江森:学校はきっとうるさい決まりがいろいろあって使えないんでしょうね。そういうところも行政の課題ですね。伝えるということでいえば、フェイスブックにあげてる動画はすごくいいですね。

広瀬:アワードのプレゼンにも短い動画を入れたのですが、確かにあれは共感してくれた人が多かったです。

江森:「教えない」って、ああそういうことか、そうだよね、こういうことだよねというのが、すごく納得できます。何もみんなが子供をプロのピアニストにしようと思っているわけじゃないし、なんでピアノを習わせるのかということの意味がストンと腹落ちする感じがします。

広瀬:そうなんです。私も子供の頃間違えないで弾くと褒められるので、間違えないことだけを目指して練習していましたが、本当はそういうことではなくて、発表会に向けてがんばるプロセスとか、学校に行けなかった子が行けるようになったとか、そういうことを応援したいんです。

江森:そういうタイプの先生のネットワークなんかができるといいですね。

広瀬:それも考えますね。音大の学生なんて、それこそみんながプロの演奏家になれるわけじゃないし、そうかといって就職もないんですよ。そもそも就職活動しないし。でもあれだけのお金をかけて、すごい技術を身につけたのに、本当にもったいないと思うんですよね。だから音大でも、音楽を通じて生きる力を教えられる先生を育ててほしいですね。忍耐力はあるんですよ。あれだけのことを突き詰めてやってきた人たちなので。

江森:なるほどね(笑)。音大生の新しい活躍の場ができるといいですね。
音楽に限定しないアートの力なのかな。そこに楽器屋のヤマハには絶対できない教室のカタチがあるように思いますね。美術館とか劇場とかアートスペースとのコラボも新しいことが生まれる可能性がありそうですね。象の鼻テラスなんてとてもいい。

広瀬:市役所のアトリウムも気になってます。

江森:それもいいですね。広瀬さんのメソッドは子供以外にも応用の可能性はありますか。

広瀬:シニアですね。これは事業計画書にも書きましたけど、最近言われているフレール予防に音楽がとてもいいんです。グループレッスンで、リトミックでも歌を歌うでもいいんですけど、まず家から外に出る理由ができます。そこでみんなで音楽をすることで目覚めるんですよ、いろんなことが。そこは子供と一緒なんです。脳の活性化にもいいし、認知症予防にもなります。今は少しだけしかできていないのですが、今後もっと増やしていきたいですね。

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