自分の1メートル先の小さな気づきを大切にしたい

横浜市会議員 荻原隆宏さん

江森:荻原さんとはもうずいぶん前に確かNPOの事業にご協力いただいてから、すっかりご無沙汰してしまっていました。まず、荻原さんのキャリア、議員になる前ぐらいから伺えればと思います。

荻原:政治に関わるようになったのは30歳ちょっと過ぎたぐらいですかね。それまでは自分が政治家になるなんて、もうこれっぽっちも思ってなかったですね。20代の頃はミュージシャンを目指してたんで。

江森:えーっ!どんな?

荻原:まあ弾き語りというか、そんなかっこいいもんじゃないです。鳴かず飛ばずで全然ダメでした。それでいよいよ30が近づいてきたんで、音楽を諦めて就職活動を始めたんですよ。そんなとき偶然早稲田出身の民主党の代議士が若い人を探してるっていうので、それならちょっとやってみようかと、永田町の議員会館で働き始めました。前日までは駐車場整理とトイレ掃除のアルバイトだったのが、翌日から永田町。その落差、格差に衝撃を受けたのを覚えています。

江森:かなり特殊な場所ですからね。

荻原:ですが僕はもう本当に無知で、税金って何?国保って?年金って?という感じだったのでビシビシ鍛えられましたね。でも世界を上から見せてもらったというか、社会ってこういうふうにできているんだということを教えていただけたという意味では貴重な経験でした。その後の選挙で私が仕えていた代議士が落選して政治を引退してしまったので、僕も会社を紹介してもらって輸入時計の営業マンになりました。しばらくサラリーマンをやりながらいろいろ考えたんですね。自分で社会を変えるということを。当時は就職氷河期で格差問題が徐々にクローズアップされてきた時代でもありましたし、自ら信を問うてみようという気持ちが湧いてきまして、代議士に相談したところ、私は反対だけどどうしてもやりたいというんだったら地方議員から、しかも無所属でやりなさいとアドバイスしてくれました。
僕は父の仕事の関係で、3歳から海外含めあちこち転々としていたので、出身地といえるところがないのですが、その頃知り合いが一番多かった横浜、中でもこれから開発されていく西区だったら自分を受け入れてくれる余地があるんじゃないかということで西区に引っ越してきました。こちらに来てから立候補の準備を始めて、それこそ昼夜問わず働いて、一時は体重が45㎏までになって危ないときもあったのですが、たくさんの人に助けられてようやく民主党の西区公認をもらうことができて、それで2007年の統一地方選に初当選させていただきました。その後2009年の政権交代、2011年の東日本大震災を経て、2012年に再び民主党が下野することになるのですが、選挙の前から民主党が負けるとわかっていたので、もうみんな逃げ腰だったんですね。でも僕はこういうときこそ政権党としての説明責任を果たすべきだということで、市会議員を辞職して神奈川4区から衆院選に立候補しました。結果はボロ負けでした。次の選挙でもボロ負けして、金も何もかも失って、もう政治はやめようと決めたのですが、秘書の手伝いなどをやっているうちに、やっぱり自分でやらなきゃダメだと思うようになって、もう1回ゼロからやろうと、ゼロからやるときは西区だと思って西区に戻ってきました。知的障害
の方の入所施設に頼み込んで1年間働かせてもらって、2019年の統一地方選で再度当選させていただきました。

江森:そこがすごいですよね。みなさん覚えてるわけですよね、4区に行った荻原だって。怒られなかった?

荻原:覚えてくださってましたし、当然その批判もありましたが、よく戻ってきたと言ってくださる方が多かったですね。歩けば歩くほど応援してくださる方がいると実感できてね。政治家やらせていただいて初めてでしたね。ありがたかったです。

江森:荻原さんは現在直腸がんの治療中ということですが、これはいつ頃発覚したのですか。

荻原:去年の8月30日です。それまでも出血はしていたのですが、そのままにしていたら、だんだん痛みがひどくなって、体は重いし、いよいよ日常生活もつらくなってきたので、検査に行って判明しました。すぐに手術をしたのですが、肛門に近いということで肛門もとって、それ以来人工肛門で生活しています。手術のときに神経に触ってしまって足も痺れていてうまく歩けない状態です。

江森:そんな大変なときに取材を受けていただいて大変恐縮ですが、私が伺いたいのは会社を経営している者として、社員が大きな病気にかかったときに、もちろん人によって違うんでしょうけど、会社としてどういうサポートをすれば良いのかということです。

荻原:これはやはり雇用継続ですよね。これが一番です。もちろん仕事ができる方とできない方がいますから、できる方には両立支援、できない方には休暇制度ですね。休暇制度というのは各事業者が自由に設定できますので、会社に籍を置きながら休める制度を作ってあげて、健康保険の傷病給付金を受けながら休職するということになりますね。

江森:期間や給付率というのは、健保組合によって違うということですね。

荻原:そうですね。会社によってはある程度保障してくれたりもするので、会社によってだいぶ差が出ると思います。いずれにしても休暇を取らなければ給付金も出ませんので、まずは休暇制度があるのが前提です。その上で会社からも支援があって、復職に関してもきちんと決まりがあるというのが理想です。
両立支援の場合は、まず本人がどういう状態であるかということの把握が大事です。本人に希望がなくても主治医がこうした方がいいということもありますので、主治医の指示書や意見書を参考にするのが良いと思いますね。ご本人からも会社からも請求できます。どういう職種なのかということは主治医も知っておく必要があるので、患者と医者と会社でコミュニケーションを取れるような環境を作っておくと良いですね。また産業医さんがいる場合は、産業医さんが主治医と連絡を取るという手もあります。

江森:医療費も高額でしょうから、やはり収入面は心配でしょうね。議員さんには傷病手当あるんですか?

荻原:これがないんですね。議員はみんな国民健康保険なので、傷病手当というのはないんですよ。

江森:休暇制度は?

荻原:休暇制度もないです。育休は最近できたんですけどね。

江森:当事者になってみて、社会の制度とか人々の無意識な差別とか、これはちょっと困ったなということはありますか。

荻原:私自身そんなに強く感じることはないです。というのは、今は自分に起こっていることに対して、自分の気持ちを楽しくポジティブに考えるということにすごく集中しているんですね、意識が。だから今はあんまりネガティブな意識が入ってこないです。変に聞こえるかもしれないですけど全部輝いて見えます。文句一つない。
ただ、後から考えてみたら社会がこうあった方がいいねって気づいたりすることは徐々に出てくるかもしれません。例えば、最初の頃杖ついてたんですけど、そうすると世の中の道って全部斜めだったんだということに気付くんですよ。雨を流すためには必要なことなんですけど、足が不自由な人にはとても大変なんですね。そういうことは今後も出てくると思います。

江森:この社会があってくれるだけでありがたいという感じ?

荻原:そうとも言えますし、この社会はそもそも素晴らしい。そもそもそれが見えてない自分がいたということかな。でも議員としては、病気の方や障害のある方にとってこうあるべきだというのは、敏感に気づいて政策に生かしていきたいと思いますね。

江森:今力を入れている政策というのはどのような分野ですか。

荻原:福祉、それも障害者分野ですね。同じ福祉分野でも保育や介護に比べて障害者分野はどうしても遅れがちなので、もっとスポットライトを当てていきたいですね。

江森:具体的にはどんな課題がありますか。

荻原:一番は職員の給料の差ですね。基本的に介護分野に比べて障害分野は給料が安い。ですから働く人も不足しています。行政も政治もどうしても介護優先になりがちなので、まずは働く人たちが障害者福祉の世界で働いて、一生の展望が持てるような職場にすることが必要です。それと、障害者福祉については待機者も問題です。福祉の分野にも施設に入れるのを待っている待機者がいるのですが、横浜市では介護の方は把握しているのに、障害者の方は把握していないんですよ。これは2019年の当選当時からずっと言っていますが、いまだに行政からの回答が二転三転してよくわかりません。無所属になって市長に直接聞けるようになりましたので、どんどん質問していきたいですね。

江森:これからどういう活動をしていきたいですか。

荻原:衆院選に挑戦していたときには、ものすごい遠くを見すぎていたと思うんですね。それで結果的には到達できなかった。今は1メートル先を見て進んでいこうと思っています。そうするとね、いろいろ気づきがあるんですよ。それが愛おしいというか、小さいことかもしれないけれど、これを育てていこうと心から思える。そういう気持ちを大切にしていきたいですね。

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