バー・ノーブル 代表 山田高史さん
江森:2011年の国際バーテンダー協会世界カクテルコンペティションで優勝された後も、あちこち世界を飛び回っているようですが、最近はどんな活動をされているのですか。
山田:最近は競技者としてではなく、大会のジャッジのほか、日本バーテンダー協会の国際部長として選手のアテンド、世界各地への視察などが多いですね。
江森:視察とはどのような?
山田:再来年の世界大会の開催地が日本に決まったので、日本大会に向けての調査が主な目的になります。
江森:東京オリンピックに向けてはずみのつくイベントになりそうですね。
山田:そうですね。開催地はまだ決まっていませんが、世界中からたくさんの人が訪れますので、日本の文化を発信する機会になればと思っています。
江森:山田さんはそもそもなんでバーテンダーになろうと思ったのですか。
山田:私は横浜市栄区の生まれで、大船のバーによく行っていたのです。そこでバーの持つ大人っぽい雰囲気や、カクテルの不思議なおいしさに魅了されて、何歳とはいえませんが(笑)、比較的若いうちからバーテンダーになろうと思っていました。その後食品会社に就職したのですが、昼間働きながら夜はバーでアルバイト。師匠についてというのではなく、何軒か転々としているうちに自然と仕事を覚えたという感じで、そういう意味ではほとんど独学です。
江森:同じ吉田町にもう1店舗「HOLBORN」というお店も出されていますね。
山田:はい。吉田町でも少し外れた場所なので、当初は人通りも少なかったのですが、最近近隣にお店がいくつかオープンして、それがこちらにもいい影響を与えてくれています。街の活性化にもつながっていると思います。
江森:活性化という言葉が出ましたが、吉田町界隈の活性化についても山田さんは様々な活動をされていますよね。
山田:吉田町は町内会の活動が活発で、この界隈の活性化は町内会長をはじめとする役員の皆さんのご尽力によるところが大きいと思います。私も名ばかりの役員にはしていただいていますが…。また横浜で一番古いといわれている伊勢佐木飲食業組合にも加入しているのですが、最近理事になりまして、店舗マップの作成を提案して少しずつ活動を始めているところです。
江森:あっちこっちから引っ張りだこですね。
「JO」の7号で取材させていただいた建築家の笠井さんによると、このあたりは戦後の復興住宅という長屋式の住宅兼店舗が街並みの景観を形成していて、それが独特の雰囲気を醸し出しているということでした。吉田町にはどんな特徴があると思いますか。
山田:そうですね、飲食店がとても多いのですが、それぞれに専門性があって、尖っているというか、感度の高い街だと思いますね。最近では「とりあえず吉田町行こうか」という方も増えていて、関内・桜木町エリアにあって、関内とも野毛とも違う、独自のアイデンティティを持つ街になってきました。
江森:古くからのお店と新しいお店がうまく共存できているということでしょうか。
山田:私たちのようなバーに対してこんなに寛容な街もそうそうないのではないかと思っています。どうしてもお酒を扱いますし、深夜まで営業するので、煙たがられる地域も多いのですが、そういう雰囲気はまったくありません。
江森:このところ国も自治体も観光には力を入れていますが、外国人のお客さんは増えていますか。
山田:外国人向けのメディアにとりあげられたということもあるようですが、着実に増えていると思います。
江森:英語で接客?
山田:ほとんどが英語圏のお客様なので、英語だけはなんとかがんばって対応しています(笑)。英語メニューも作らなければと考えているところです。東京オリンピックに向けてますます英語は必須になっていくと思いますね。
江森:お酒は世界共通ですからね。お酒の文化について思うところはありますか。
山田:お酒は人類よりも歴史が古いと言われているぐらいで、文明の発展のあらゆる場面で密接に関わってきたものです。それは宗教的なものであったり、祝い、宴のようなものであったり、私たちの生活には切っても切れないものです。現代のようなストレスの多い時代においても、心のコリをほぐしてくれる大切な役割を担っていると思いますね。
江森:バーの社会的使命というか役割についてはどのように考えていますか。
山田:いろいろあると思いますが、まずはお客様においしいお酒と会話を楽しんでいただいて健全な状態で明日への活力を得ていただくことが絶対的な使命だと思っています。一方、地域においては街のコンシェルジュ的な役割も果たせるのではないかと思います。遠方からお見えのお客様でも、ここに来れば観光名所やおいしいお店を教えてもらえるというのは、バーの大切な役割のひとつであるように思います。
バーという業界は、市場はすごく狭いのですが、商圏が広いんですね。わざわざウチのお店に来るために、旅行先に横浜を選んでくれるという方もいるぐらいで、好きな方は全国のバーを巡り歩いています。そういう方への地域の案内役を務めることができればと思いますし、私たちががんばって全国からお客様に来ていただくことで、地域への貢献にもなると思っています。
江森:嗜好が強ければ強いほど期待も大きいということだと思いますが、お客様の期待に応えるということはどういうことだと思いますか。
山田:SNSなどを通じて情報が氾濫していますので、若手のバーテンダーなどは情報量が多すぎて困惑しているように見受けられます。海外で流行っていることをマネすることが新しいことのように錯覚しているバーテンダーは多いですね。
私はそうではなくて日本人としてのアイデンティティをバーテンダーとして表現していくことが本来の姿なのではないかと思っています。それを突き詰めていくために、一見バーとは相反する茶道や空手を習っています。両極端の道を通じて、その両方が高まったときに自分のバーテディングが完成するのではないかと思っています。
江森:かっこいいですね〜。バーに和の様式を取り入れるような試みもしていますか。
山田:もともとバーは西洋のものですが、西洋からいろいろな国に伝わり、世界各地でその国独自の発展を遂げるわけです。これをマルチカルチュラリズムといいますが、日本はまさに最たるものというか完全なガラパゴス状態で、まったく独自の発展を遂げてきているのです。
例えば、お寿司屋さんも昔は屋台だったものが、今では銀座の高級なお店のように、音もなく、ピンと張りつめた空気感を楽しめるような空間になっていますよね。これは茶道などに見られるある種の「様式美」だと思うのですが、日本のバーにもそのようなところがあります。
江森:様式美というのは言い得て妙ですね。確かにバーには背筋を伸ばして静かにお酒を楽しむという「スタイル」そのものを楽しむというイメージはありますね。これは西洋とは違うのですか。
山田:西洋ではもっとエンターテイメント性が強いというか、くだけているというかワイワイガヤガヤというのが一般的ですね。それに比べて日本のバーは堅すぎるという意見もあるとは思いますが、日本独自のものだと考えれば、それも良さなのでないかと思います。
無駄の無い動きとか、凛とした空気感に代表されるような日本独自のスタイルを「ジャパニーズ・バーテディング」といって最近世界でも注目されるようになってきています。またバーツールも日本独自のものがあって、例えば、3分割できて一番上のふたをとればそのまま注ぐことができるシェーカー、日本ではごく一般的なものですが、海外ではかなり珍重されています。
江森:えっ、あれは日本オリジナル?
山田:そうですね、海外ではツーピシェーカーが一般的です。スリーピースのものは新潟の燕三条などで生産されている日本製です。
江森:他にも日本独自のものはありますか。
山田:氷屋さんなどもそうですね。あれだけの純氷を作って持ってきてくれるというサービスは海外にはありません。ロックの氷をボール型やダイヤモンド型にカットするなんていうのも日本だけですね。有名なところではおしぼりもそうです。
江森:日本のバー文化の担い手として、山田さんの夢を教えてください。。
山田:お店としては世界からお客様に来ていただけるようになりたいですね。そのための情報発信として日本のバー文化を伝える本を出せたらいいなと思います。
また、バーテンダーがもっと社会から必要とされるような存在になればと思っています。単にお店でお酒を作るだけではなく、ファッションデザイナーが服をクリエイトするように、ドリンクをクリエイトする「ビバレッジ・クリエイター」としての活動を通じて、バーテンダーの社会的地位を高めていきたいです。