すべての人の知る権利を保障する「情報保障」が求められる時代に

内閣府認証特定非営利活動法人メディア・ユニバーサルデザイン協会理事長
特定非営利活動法人アダプテッドスポーツサポートセンター理事長
全日本印刷工業組合連合会副会長・大阪府印刷工業組合理事長 浦久保 康裕さん

江森:浦久保さんとは2004年の全国青年印刷人協議会(全青協)で、お互い副議長として活動させていただいたのがご縁で、今では浦久保さんは大阪の、私は神奈川の印刷工業組合理事長として、また全印工連CSR推進委員会の委員長・副委員長として、さらにMUD協会の理事長・理事としてなど、あちこちで一緒になりますね。

 浦久保さんは広い意味でのダイバーシティの活動を熱心にされているという印象ですが、そもそものきっかけは何だったのでしょうか。

浦久保:大阪青年会議所(JC)の理事だった1997年に大阪で国体が開催されたのですが、国体の後に開催される国体版のパラリンピック「全国身体障害者スポーツ大会」の後夜祭を、恒例にならって大阪JCが企画し、私が実行委員長を務めました。その際にパラスポーツを初めて観戦し、参加選手と交流したのがきっかけです。

江森:私もJCがきっかけでCSR普及の活動を続けていますが、良くも悪くもJCは影響力がありますね(笑)。現在浦久保さんが理事長を務めているアダプテッドスポーツサポートセンター(ASSC)の主な活動を教えてください。

浦久保:国体の後、後夜祭に関わったメンバーを中心に、もっとパラスポーツ選手の支援をしていこうという気運が盛り上がりました。そこで学校・企業・地域と協力し、高齢者・障害者のスポーツ(アダプテッド・スポーツ)の振興を通じて障害のある人とない人が共に生きる「ノーマライゼーション社会」の実現を目指して、2006年にASSCを設立しました。

 具体的な活動としては、アダプテッドスポーツ分野において顕著な活躍をされた個人、団体に対する報奨金付きのアワードを民間団体として初めて実施しました。その中には当時はまだ知名度が低い選手やチームもありましたが、その後パラリンピック等の大きな大会で活躍しメダルを獲得した選手もたくさんいます。また、体験、参加を通してパラスポーツの楽しさを知ってもらおうと風船バレーボール大会やボッチャ大会を開催し毎回50チーム、500名を超える方々にご参加いただいています。

 最近の活動としては、4年前に、当初の東京パラリンピック開催日であった8月25日を「パラスポーツの日」と制定し、気運を盛り上げるためのイベントの開催やクラウドファンディングを行ってきました。その活動の一環としてシンガーソングライターの中西圭三さんにお願いし、パラスポーツ応援歌「beginning」を作っていただきました。

江森:2006年というと浦久保さんが全青協議長だった年ですね。障害者スポーツの活動とユニバーサルデザインの活動が重なっているところが興味深いです。浦久保議長のときにそれまで全青協で取り組んでいたカラーユニバーサルデザイン(CUD)の活動を、「メディアユニバーサルデザイン(MUD)として領域を拡大しましたね。このときの経緯を教えてください。

浦久保:情報通信技術の進展により、情報へのアクセスは大きく改善され、情報の受発信におけるバリアも小さくなりつつありますが、そのことがかえって健常者と障害者の情報格差を拡大させてしまうおそれが出てきました。またIT技術の進展だけでは情報アクセスをカバーできない範囲も依然として数多く存在します。

 全ての人の知る権利を保障するためには、情報を受け取る権利と情報を発信する権利が保障されていなくてはなりません。つまり「情報の最適化」が求められるわけです。そして「最適化」を実施するためには障害の種類に応じて異なる不便さを充分に理解し、それぞれに対して適切な対応がなされなければなりません。CUDは色の不便さを解消する技術ですが、情報アクセスにおいて不便と感じる点は色だけではないので、その領域を「視覚の不便さ」全体に広げて「MUD」にしようと考えたのです。私たちが日常目にするデザインを構成するすべての要素において、配慮すべきポイントを5つの観点「5原則」で定義しています。えもちゃんも一緒にやったんだからよく知ってることですが(笑)

江森:ずいぶん昔のことのような気がしますが、NPOの立ち上げやりましたね。「5原則」も考えました。懐かしい…(笑)。

 その頃のMUDから考えると「情報保障」という進化した考え方はとてもいいと思いますね。MUDの目的というか、MUDが必要とされる社会的な必然性を表している言葉だと思います。

 「情報保障」が求められる現代における情報発信者の責任とはどのようなものだと考えていますか。

浦久保:「情報アクセシビリティの向上」においては、視覚や聴覚などの障害をもっている人と併せて、発達障害などにも対応が期待されるようになりました。「情報保障」というのは、その概念を一歩進めて、障害の有無に関係なく、すべての人が情報を利用でき活用できることを保障する取り組みです。それは「見やすい情報デザイン」から「理解しやすい情報デザイン」への進化ということです。 

江森:障害者差別解消法で定義されている「情報アクセシビリティの向上」はあくまで障害者に向けてのものですが、障害の有無に関係なくとすることで、本当の意味でのユニバーサルデザイン、多様性を尊重するダイバーシティの取り組みになりますね。

 高齢者や障害者への情報発信ということでは、行政がMUDに配慮することはもはや必須であるように思いますが、行政にはどの程度浸透しているのでしょうか。

浦久保:障害者差別解消法においても国・自治体などには障害のある人に対する差別的扱いを禁止しています。さらに、東京2020オリンピック・パラリンピックを契機として、全国にユニバーサルデザインの街づくりや心のバリアフリーを推進していくため、政府も「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を発表して、老若男女・国籍・障害の有無を問わず、全ての人に配慮した思いやりのあるデザインの提供を推進しています。

 最近では公共調達にMUDの導入を条件付ける自治体が登場するなど、行政の理解も進んでいます。

江森:一般の方への普及ということでは、この度リリースされたオフィスソフトのMUDには大いに可能性を感じますね。

浦久保:現在オフィスで最も使われているマイクロソフト社製のワード、エクセル、パワーポイントにMUDの理論と技術を導入しました。「MUDテーマカラー」や「MUDカラーパレット」という独自ツールは、日本人男性の20人に1人と言われている色覚障害者だけでなく、高齢者にも見分けやすい色選びが簡単にできるソフトウェアです。ビジネス文書や、広報紙、チラシ、個人で作成する文書などに応用していただけると思っています。

江森:一方で印刷業界にはプロとしてのさらに高度なノウハウが求められます。プロの育成についてはどのように考えていますか。

浦久保:MUD協会では、2011年より教育検定を開始し、「MUD教育検定」の3級と2級のコースを開設。MUD教育検定3級は、これまでに5,500名を超える方々が受講されています。2021年2月からは、対面型に加えWebでも受講できるコースを開設しました。それに合わせ、最新情報を含む教材に改訂しコース名も、従来の3級・2級から「MUDアドバイザー検定」「MUDディレクター検定」に変更しました。 一定水準以上の知識・技術を身に付けたと認められる受講者には認定資格を与えるなど、さまざまなニーズに応えられるプロの育成を進めています。

江森:MUD協会が目指す社会はどのような社会でしょうか

浦久保:MUD協会は「やさしい、まなざし計画」をスローガンに掲げ、2008年1月に設立。高齢者・障害者・色覚障害者などを含め、誰もが使いやすく見やすいデザインの提供を通して、暮らしやすい社会の構築に寄与してきました。社会の発展とともに役割も高度化し、情報保障を担うことが使命であるという位置づけに変化してきています。 情報発信者やデザイン制作者がMUD配慮を行うことで、より多くの方々に情報がわかりやすく伝わり、安心で平等な社会が形成されることを目指しています。

江森:浦久保さんは現在全印工連のCSR推進委員会委員長でもありますが、CSRを進めていく上でMUDが果たす役割についてはどのように考えていますか。

浦久保: CSRはこれからの時代に企業がもっと真剣に考えていかなければならないことだと思いますし、その背中を押してくれる全印工連CSR認定制度はとてもすばらしい制度と思いますが、とっつきにくいというのも事実だと思います。MUDは地元行政や地域社会と同じ目的意識をもって取り組め、なおかつ新しいビジネスチャンスにもなるという点で、とてもわかりやすい。CSRの入り口としてぜひMUDを活用していただき、地域と印刷会社の互恵関係を作っていって欲しいですね。

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