岐阜大学社会システム経営学環准教授 柴田 仁夫さん
江森:今年から国立大学の先生になられたとのことで、ご活躍ですね。
柴田:ご縁があって今年から岐阜大学で教えることになりました。昨年の4月に国立大学法人東海国立大学機構という、まあ民間でいえばホールディングスのようなものですが、名古屋大学と岐阜大学を運営する新しい法人が設立され、その中でも今年度新しくできた岐阜大学の社会システム経営学環という学部相当組織の専任教員になりました。この「学環」という枠組み自体も新しくて、岐阜大学が全国1号なんです。
江森:新ものづくしですね(笑)社会システム経営学環というのは?
柴田:国立大学はもともと経営学部が少ないのですが、岐阜大学も名古屋大学も経営学部を持っていなかったんです。地元経済が落ちこんできている中で、岐阜に経営学部を作って欲しいという声は以前からあって、その声に応えたというところです。ですから中身はほとんど経営学部ですが、ビジネス、観光、まちづくりという3コースに分かれていて、地元を盛り上げるビジネスのマネジメント人材を育てるというイメージでしょうか。
江森:柴田さんと初めて会ったのは横浜市の外郭団体、横浜企業経営支援財団(IDEC)の職員だった頃ですが、その前は何をしてたんですか。
柴田:これ話すとものすごく長くなりますけど、いいですか(笑)
江森:いいですよ。書かないけど(笑)
柴田:じゃあ、ものすごく縮めて話しますと、元々出版の仕事がしたくて、大学を卒業してから出版関係の仕事をいくつか経験したのですが、当時の出版業界って今では考えられないようなひどい労働環境で、それなりに適応してやってはいたのですが、ちょっと体調を崩したのと、40歳までに取ろうと思っていた中小企業診断士の資格が、仕事が忙しすぎてなかなか取れなかったということもあり、1年間働くのをやめて法政大学の大学院に行ったんです。とはいえ、これも2年分の単位を1年間で取得するというハードな大学院だったのですが、無事に修了して中小企業診断士も取れ、その後ご縁があってIDECで働くことになりました。
江森:IDECに入ったのは何年ですか?
柴田:2007年ですね。
江森:えっ、じゃあ横浜型地域貢献企業の制度が始まった、まさにその年なんですね!
柴田:そうなんです。だから僕の中ではIDECイコール横浜型地域貢献企業認定制度だしCSRなんですよ。
江森:当時は横浜型地域貢献企業認定制度についてどう思ってました?
柴田:最初は結構斜めに見てましたね。中小企業診断士の勉強をしたとはいえ、CSRを謳っている会社なんて実は表面的なものでしょって思ってたんですよ。でも横浜の経営者の人たちと話していると、それはまあ真顔で地域のために!とか言うわけですよ(笑)。当時は江森さんも含め周りにそんな人ばっかりだったから、だんだん「あれ?自分の方がおかしいんじゃないか?」と思うようになって、そこから考え方が変わりましたね、やっぱり地域って大事なんだって。当時のことは今でもよく覚えています。
江森:なんでも初めは大変なわけですが、あの制度も最初は大変だったよね〜。もっとも現場でやってた人が一番大変だったんでしょうけど。
柴田:僕は評価員でもあり評価員を育てる立場でもあったのですが、CSRの認定制度という、当時はまだ世の中になかったものを、どう説明すれば良いかというのは考えましたね。要は地元で頑張ってる企業を応援するのが大事ということで、それを形にするために社長の思いを引き出したりということをしていましたが、思いだけでは経営は成り立たないので、そこはマネジメントシステムにしなきゃいけないということですよね。
江森:中小企業だからというわけではないかもしれないけど、マネジメントシステムを理解してもらうのは大変ですよね。それでも中小企業がCSRのマネジメントシステムを運用する意味はあると思いますか。
柴田:僕が当時後輩の評価員に言っていたのは、今やっていることをとにかくシステムの枠に当てはめるということですね。そうやっているうちにPDCAが回ってくるというか、どっちみち社長一人ではできないから、自然と会社の仕組みになってくれればと、それを評価員がお手伝いできればいいなと思ってました。CSRのマネジメントシステムなんていうと難しい気がしますが、例えば決算はどの企業でもマネジメントされて1年経てば普通に出てくるじゃないですか。それはできているんだから、財務以外のこともマネジメントシステムにすれば良いわけで、そこに思いが至るか至らないかの違いだと思うんですよね。
江森:確かに財務に関しては、日々納品書出したり、請求書出したり、月次の試算表を出したりというマネジメントシステムを、業務として普通にやっているわけですよね。
柴田:そうなんです。だからそこに気づいて他のこともやってみれば、どんどん違うステージに入っていって、見える世界が変わってくるんだと思うんですよ。IDECで本当に良かったのは、そうやって実践している企業さんが成長していく姿を見て、こうやってやればいいんだというのを目の当たりにできたということですね。そういう意味では横浜の企業さんには、本当に教えられたことが多かったと思います。
江森:そこに思いが至るかどうかって、どうなんですか、やっぱり経営者の資質の問題?
柴田:そこに命かけているかどうかなんじゃないですか。中小企業の社長さんて、この仕事に社員の生活がかかってるってことをリアルに感じているじゃないですか。そこの問題なんだと思いますね。
江森:一方で、命がけのはずの中小企業の経営者でも、マネジメントシステムが必要だということに思いが至らない人もいるじゃないですか。それはなんで?
柴田:それは本気で命がけじゃないということじゃないですか?
江森:ほう、それは余裕があるということ?
柴田:僕が見てきたのは横浜と川口、そしていま岐阜にいるわけですけど、経営に余裕がある、つまり不動産持ってるかどうかということですが、そういう企業ってやっぱり管理が甘いところはあると思いますね。特に地方で顕著だと思います。一方で、不動産持っていても、いわゆる「老舗」といわれてブランドが確立しているような企業は、外部環境の変化に適応していくためのマネジメントシステムがきちんと回っているところが多いですね。そこは続いていく会社かどうかの分かれ目なのかなと思いますね。
江森:内部留保が不動産に変わっちゃって次の投資にまわらないということは、まさに外部環境に適応するためのマネジメントができていないということですね。そこは日本にイノベーションが起きない原因のひとつだと思いますね。このままでは日本は衰退の一途かと心配しているわけですが、どうしたら日本は復活できると思いますか。
柴田:江森さんはじめ横浜の社長さんたちはインターンシップに熱心な方たちが多くて、そういう姿を見て自分には何ができるかなと考えていたのですが、大学の教員にもなったので、大学生の意識づけというのが自分のテーマだと今は思っています。僕みたいに、自分でもそれなりに苦労しながら、中小企業の現場も知っていて、学位も持っているという人間が、学生のために何ができるかということを考えると、いま地域にどんな人材が求められていて、それにはどんな能力が必要で、どんなコミュニケーション能力が必要だということを教えることだと思うんですね。でもそれって机の上で教えられることじゃないのもわかっているので、となると実際にチャレンジしている企業を見せるしかないんですね。
江森:現場を見せたときの学生の反応はどうですか?
柴田:やっぱり変わりますよね。ただそこから一歩踏み出せる学生と、踏み出せない学生がいます。踏み出せる学生はインターンに行きたいって言ってきたり、勝手にどんどん伸びていきます。岐阜でもそういう活動をしたいと思っていたのですが、来た途端にコロナになっちゃってまだできていないのが残念です。
江森:せっかくの機会なのでSDGsの話もしておきたいと思いますが、中小企業経営におけるSDGsの有効性についてはどう思いますか。
柴田:僕はSDGsは後から来たもので、CSRを達成するための一部でしかないと思ってます。ただSDGsはやることが明確で期限が切られているので、従業員さんにとってはやりやすいかもしれませんね。またグローバル企業を中心にSDGs調達が始まってきているので、あまりのんびりしていると危ないかなとも思います。そういう意味ではSDGsを前面に出してアピールするというのは戦略的には大事だと思いますが、中小企業は広報が弱いので、そこに補助金をつけるなどの政策的なバックアップも行政としては考えて欲しいですよね。
江森:それは是非お願いしたい、ウチの仕事になります(笑)。これからどんな活動をされていきますか。
柴田:僕は横浜、川口、岐阜に関わってきていますので、その3つをうまくつないでいくような人材になりたいと思いますね。都市には都市の地方には地方の特徴がありますので、それぞれの情報を学生に提供して刺激を与えていくことで、世の中を変えていくきっかけになればと思っています。